メイプル






この想いを表現するのは少し難しい。


たとえるなら籠いっぱいのキャンディーとか、

もう遊ばないけ ど懐かしいオモチャとか。

とにかくドキドキソワソワして落ち着かないの。

































「僕は君と踊る」



「は??」



ぶつけるように言われた言葉に私は眉を顰めた。




ダンスパーティを控えたこの冬の始まりは、パーティの開催決定とともにホグワーツの中をいっそう騒がしく堰きたてた。

生徒はそわそわと物腰に落ち着きを無くし、専らの興味といえば自分達のダンスのパートナーについてだった。

むろんそれは自分にとっても当てはまることで、パートナーに なる男の子達はさておき、パーティーはそれなりに楽しみで、 今年はどんなドレスを着ようかだとか、髪型はどんなのがお洒落かしらと、友達と肩を突付き合わせては相談したものだ。

私の机の前に座ったドラコ・マルフォイは、始めこそ「やあ。 」と暢気に話しかけてきたものだが、 いつもならば二言三言で終わる会話に付け加え、珍しく執拗に グリフィンドールのハリー・ポッターへの嫌味を散々語った後 、私の退屈そうな素振りに気づいたのか、ふいに視線を宙に向けた。

根っからの坊ちゃん育ちなんです!と言わんばかりの風貌は、それこそ人の目をひくけれど、 その育ちのよさを傘にする彼の態度の大きさは私は常日頃から 気に入らなかった。 だから彼が特に何をしたという訳でもないのに意味不明にポッターのことを罵る時は私はつまらない仕草をすることにしている。

「ねぇ、他に話がないのなら…」

私はレポートを仕上げたいのだけれど…、と続けようとした途端、

話題を探すようにそわそわしていた彼が私に向かって言った。


「僕は君と踊る」

「は??」


なんのことはない。

彼はダンスのパートナーに私を誘っている のだ。

それは解るけれども、今そんな話していなかったし(ポッター の悪口ばっかだったし)、

あまりに突然だし、しかも何だかこっちの都合はお構いなしみたいな言い草だし(それで誘ってるつもり?)。

そういえばドラコはたくさんの女の子からパートナーの申込を受けてるけど、 まだ誰にするか決めてない、
…なんて聞いたことを今思い出し たけど、 それなら今のはまるで私が以前からドラコに申込をしていて
「君に決めてやったぞ有難く思え」とでも言うような言い方だ し。

それに、それに…、


「…私、もうパートナー決めてるんだけど。」

「なんだって??!!」


ドラコは心底驚いた表情をしてみせた。

これはいくらなんでも失礼だ。

「本当なのか??」

疑うような視線を寄越したドラコに、私は綴じたレポートを机 に思い切り叩きつけてやった。

「失礼ね!!もし決まっていなくてもあんな誘いは受けないわ よ!!」

叫びながら立ち上がり、レポートを掴んだまま私は談話室を後にした。

いきなり叫んだ私を見詰めてくる他の生徒と、ドラコがまだあの机に座ったままポカンと私を見つめるのがちらりと視界に入ったけど知らないふりをした。






翌日、またもドラコ・マルフォイは私の前に立ちふさがった。


「なによ。」

「いや、なに、昨日の事だがな…」

廊下を通せんぼしたマルフォイは石畳の廊下を蹴るように私に言った。


「嘘だろ?」

「なにが?」

「君が他の誰かと踊るって…」

「は?」


私、確かに昨日はそう言いましたよ?


「何で私が嘘なんかつかなきゃいけないのよ!」

「だってそんな相手いないだろうよ!」

「いるから言ってるんでしょー!!!」

「じゃあ誰なんだよ!!!」


「レイブンクローのジェシーよ!!」


なんだと?とドラコは眉を寄せた。


「下級生じゃないか!!!」

「なによ!いけない?」

ぐっとドラコは喉を詰まらせたように後ずさりする。


「他に用がないなら行くわよ!」

私はドラコの横を早足で通り過ぎた。




ドラコが名を呼んだ。

私は早足を止めなかった。

「何故ジェシーと行くんだ??」

足を止めることなく、振り向いて私は答えた。

答える必要は無かったのかもしれないけど、また通せんぼされ てはたまらない。



「一番に申し込んでくれたからよ!!!!」



ドラコの腕を振り切って、私は視界に見えた階段に向かって走 り出した。






なによ。


一体なんなのよ。


そうよ。どうせ、ジェシーとは別に恋人関係って訳じゃけど。 別にいいじゃない!

可愛い後輩が頬を染めて、一番に申し込んでくれたのよ?

何の文句もないし、言わせないわ。




すっかり階段を上りきった後、私はこの階段にはまったく用事 が無かったことを思い出して足を止めた。

「シット!」

階段を駆け上がった所為に違いないと思った。

つま先までもが震える感覚に囚われるのは。

けしてドラコの驚く表情が浮かんだからではない。

そう思うことにした。









****













パーティの当日は予定通りのお洒落を決め込んで友達とホール に向かった。

ドレスや髪型を褒めあって、パートナーのお迎えを待つ。

のジェシーったら、あの申し込んだ時の顔!すごくキュートだったわね。」

「やめなよ。童顔を気にしているのかもしれないわ。」

だってそう思っているくせに。あなたの方が先輩なんだから、しっかりリードしてあげなくちゃ。」

他愛も話をしていれば、一人、また一人と友達のお迎えが来て 、行ってしまう。

ジェシーはなかなか来なかった。


どうしたのかな。 もうすぐ始まってしまうのに…。


ぐるりとホールを見渡して、ジェシーがやってきそうなところ を見つめていたけど、 ジェシーはなかなか現れなかった。



ホールの中心に視界を移すと、周りの人間とは異質な存在感を 放つ、一人の姿を見つけた。

漆黒のパーティーローブに、光沢を放っているのではないかと思うほどの白い詰襟が恐ろしく似合っていた。

見事なプラチナブロンドで、こちらを真っ直ぐに見ていたのは ドラコ・マルフォイだ。

ちょうど真正面から、あまりにも真っ直ぐこちらを見ているので、 周りの人間は動いているのに、ドラコは微動だにしていないよ うに見え、 ドラコが真っ直ぐこちらに近づいているのにしばらく気づかなかった。

「やあ。」

ドラコが声をかけた。

「こんばんわ。」


いつも高いところから見下したように喋るドラコだが、 今日のドラコは本当に見上げなければならないほど背が高く見えた。


ひょっとしたらこの数日、私がドラコを振り切ってから、まともに話をしていない間に伸びたのかしら。


ドラコはにぃ…と口端を上げると、


「ジェシーとやらは来ない じゃないか」


そう言って私の隣で同じように壁に凭れかけた。


この高慢な態度はいつものマルフォイだ。



「そう、遅いわね。あなたのペアは?ドラコ」


なにはともあれ、結局のところドラコはパーキンソンとパーテ ィーに出るのだということを聞いていた。

ドラコは腕を組んで、頭の後ろを壁にこつりと付けた。


「さぁ…。遅れてるんだろ。」


ふぅー、と溜息を宙に吐く、隣のドラコに不本意ながらもドキ ドキした。


ドラコは始め私にパートナーを申し込んでくれたんだっけ。

そしたらパーキンソンではなく、本当は私が彼を待たせていたのかもしれない。

そう思うと胸が熱くなった。






「綺麗だ」


ふいにドラコが私に言った。



「え?」




ドラコは灰色に光る瞳を細めて私を見た。



「君だよ。」


「…えぇ?」






ドラコが顎をつい、と動かして



「似合ってる。」と続けさまに 言う。




じっとこちらを見て言うものだから、私は戸惑ってしまった。



しまった。照れる。






「あ、ありがとう…」


横目使いにドラコを見ると、ドラコは片眉を上げて肩をすくめ た。




「別にお世辞じゃあないよ。」


「う……、あんたも今日はカッコいいわよ。」


「『今日は』??」


明らかに不服そうな表情で、ドラコは私の言葉を反復した。

何よ、人が折角褒めてやったのに。


「いや、いつもそーかもしれないけど…」

「『かも』だと??」


心外だと言わんばかりに眉を寄せるドラコは、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

普段からチヤホヤされているくせに、まだ賞賛を受けようなんて、なんて欲が深いんだろう。


「いつも『カッコいい』って言われてるんだったら、『今日は 特別に』って意味よ。」






「………そうだな、君は普段から僕に世辞など言わないし。」


ドラコは腕を組んだまま少し前かがみになって己のつま先辺り を見つめて言った。




「……そういう事なら今日は特別かな。」

「そうよ。パーティですもの」


煌びやかなホールに、騒ぐ生徒を見渡してみると、どうやら宴はもう始まってしまったようだ。






「でも」





ドラコはまだ自分の黒光りするつま先を見ていた。





「君はいつも綺麗だ。」



呟かれたように言われた言葉に私は反応できなかった。


「……えーと……それは。」

「一番?」

「え?」


前かがみになった場所から覗き込むようにドラコが聞いた。


「それともジェシーが先に言ったかな?」

「あー……、えと、そうだ!ジェシー!!!遅いわ。どうした のかしら。」


なんだか誤魔化すようにジェシーの事を口走ってしまい、ホー ルを眺めた。

ドラコの覗き込むような視線を見ることができなかった。

そんな私を見てドラコは溜息をつきながら起き上がると、

「ジェシーが好きなのか?」と私に尋ねた。

思わずドラコを見ると


「全く気付かなかったな。」と、卑屈そうに笑った。


「君の事ならなんでも知っていると思ってたんだ。」


ドラコは煌びやかなホールの生徒を眺めながらもうひとつ溜息 をついた。


「違うわ。」

「そうだな、違った。」


「違う。ジェシーが好きだった訳じゃない。」

ホールを眺めていたドラコが私を見た。



「違うのか?!」

「違うわ。確かにジェシーはキュートだとは思うけど、まだ好きじゃないし。」

「『まだ』?」


再びドラコは眉を寄せた。

「そうよ。だって解らないじゃない。今後どうなるかだなんて 」

「じゃあ、君は言葉通り、ジェシーが一番に申し込んだから、 ジェシーとパートナーになることにした、と、そういう訳か? 」

「そうよ。そう言ったでしょ?」


ドラコは組んでいた腕を解いて、セットしてあるブロンドが崩れない程度に頭をぽりぽりと掻いた。


「……失敗した……」

「何が?」

そして徐に


、踊ろうか。」


そう言って凭れていた壁から身を離した。


「え?だってドラコ、パンジー・パーキンソンは??私もジェ シーがいるし。」

「もう来やしないさ。」


ドラコは私の手をとってホールへ引っ張った。

「え、でも。」


「なんだ、踊りたくないのか?」

「そうじゃなくて、やっぱり待ってないと。」


「パーティが終わってしまうぞ。」 ドラコは構わず私の手を引く。



「折角綺麗な格好でいるのに勿体ないだろ?」

そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど、 どう返答してよいか解らず、私は口を噤んでしまった。

「あのな、まだ解っていないんなら言うが………」

ドラコは、ふ、と軽い溜息をついて

「……これは僕が一番かな………?」 そう漏らして言う。









「君が好きだ」






握られた掌に力が込められた。


「君を相手に躊躇していたら、先を越されてしまう。たとえど んな奴でも君はついて行ってみるんだろう?」

上から見下ろされる視線は、やはり少し高慢で、そしてそんな 素振りも美しいとさえ思ってしまう。

ドラコ・マルフォイはキラキラしていた。

「踊ってくれる?」

「……うん」

この時の私ときたら、申し訳ないがジェシーの事はすっかり頭 になくて、 ドラコが私にだけ向ける視線。

その一級品の振る舞いに、只酔いしれていた。

優しく引かれた手の甲にそっと口付けをされた。


「待って…、手が震える。足も。」

身を寄せられれば、自分の身体ではないかのように、動かない 。

震えていたのは身体だけじゃない。


「僕はここが」

そう言って、ドラコは私の掌を自分の胸に押しつけた。

ドクドクとした鼓動が掌に響く。

そう私もおんなじだ。

「笑うなよ。」

恥ずかしそうにドラコは言った後、私の腰に手を回した。

ダンスはまだ始まったばかり。

ドラコを想う私の心も始まったばかり。










後日、パーキンソンは謎の腹痛で医務室へ。

ジェシーはめったに使われない教室で伸びているところを発見された。

丸一月ほどの記憶がないらしい。

私の隣のドラコはすました顔で口笛を吹いていた。